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前橋地方裁判所高崎支部 昭和48年(タ)17号 判決 1974年6月17日

原告 恒村良夫(仮名)

被告 恒村さだ(仮名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一  原告

被告恒村さだ及び亡恒村耕治と被告恒村佳助との間に親子関係が存在しないことを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。

二  被告等

主文と同旨。

(当事者の主張)

第一原告の請求原因

一  被告恒村佳助は訴外亡恒村耕治と同人妻被告恒村さだとの間に出生した長男として戸籍に登載されているけれども、右は事実に反し、被告佳助の実父は訴外柳内惣之助、実母は同失野とよである。

二  矢野とよは昭和一四年四月群馬県碓氷郡(現在安中市)○○町居住の柳内惣之助と結婚し同棲生活に入つたが、舅姑と折合が悪く、入籍前に実家に戻つた。しかし同女は当時妊娠中であり、翌一五年四月一二日男児を分娩した。

三  訴外亡恒村耕治と同人の妻被告さだは右男児を貰い受け、佳助と命名し、恰も自分等夫婦の間に生れた如く装い、長男として出生届をしたものであるが、その間に真実の親子関係は存在しない。

四  恒村耕治は昭和四五年一月二日死亡したが、耕治の長男とされている被告佳助は、昭和四七年三月二〇日禁治産宣告の裁判確定し、被告さだがその後見人となり、亡耕治の遺産を私しているところ、真実は被告佳助に相続権はないのであるから、亡耕治の兄である原告は、亡耕治及び妻さだと佳助との間の身分関係を明かにし、その相続関係を正す必要があるので、右者等の間に親予関係が存在しないことの確認を求めて本訴に及んだ。

第二被告の答弁

一  請求原因一の事実中戸籍上原告主張の如き記載あることは認めるが、その余は不知。

二  同二の事実は不知。

三  同三の事実中恒村耕治と妻被告さだとが男児を貰い受け、長男として届出たことは認める。

四  同四の事実中冒頭より被告さだが同佳助の後見人となつたことまでは認める。

第三被告等の主張

被告佳助は、亡耕治及び被告さだとの間の長男として入籍されて以来三〇余年間同人等との間に真実の親子と同様の生活関係が平穏に継続していたのであるから、これを養子縁組と同一の効力あるものとして保護することが、社会常識、道徳に適うものと云い得るし、又、戸籍上の親子関係を設定した当事者の意思にも合致するものというべきであるから、原告の請求は棄却されるべきである。

(証拠)

一 原告

甲第一ないし第四号証、証人矢野とよの証言。

二 当裁判所は職権で、被告本人(兼同佳助法定代理人)恒村さだを尋問した。

理由

一  いずれも真正な公文書と推定される甲第一、二、三号証、証人矢野とよの証言、被告本人の供述を総合すると、請求原因一ないし三及び四の冒頭より被告さだが同佳助の後見人となつたこと迄の事実をすべて認めることができる。

二  甲第二号証及び被告本人の供述によれば、耕治及びさだ夫婦は佳助と内心は養子縁組をする意思であつたけれども、実子同様に育て度いという気持から、佳助を自分達の間に生れた長男である如くして、昭和一五年四月二〇日耕治が出生届をしたことが認められる。

三  そこでかような出生届に、養子縁組届と同様の法的効果を認め得るか否かが問題となるので、以下この点について検討することとする。

(一)  前掲証拠によれば、右出生届が為された当時は、佳助の母とよはかような事実を知らず、とよの父母の矢野正市夫婦がとよに無断で佳助を耕治夫婦に遣つたのであるが、その後とよは佳助が恒村耕治夫婦に貰われその膝下で養育されている事実を知つたけれども、以後その事について何等の異議を述べなかつたことが認められるので、養子縁組についての子の代諾権者である失野とよも佳助が養子となることを承諾していたこと及びその意向を恒村夫妻も知つていたものと推認するのが相当である。

(二)  なお右証拠によれば、恒村夫妻は佳助を真実の子と同様に養育して成人させ佳助も恒村夫妻を実の親と思つて成育したことが認められる。

(三)  以上認定の事実によれば、佳助の出生届を為した当時、恒村夫妻には佳助を養子とする意思が有つたが、佳助の親権者たる矢野とよにはその意思が無く、とよの父母により無断で為されたものであるが、その後佳助が恒村夫妻の手許で養育されていることを知るに及んでこれを暗黙に承認したものであり、しかも恒村夫妻と佳助との間には親子関係と称するに相当する具体的な生活関係が長期に亘つて継続したものと云えるから、かような場合、子の代諾権者たる矢野とよは、矢野正市夫婦により無権限で為された佳助と恒村夫妻との無効な養子縁組を追認したものと認めて妨げない。

(四)  ところで養子縁組は、その旨の届出の受理によつて成立する要式行為とされているが、養父たるべき者の為した出生届には、子を養子とする意思が内包されているものと解し得るとしても、養母となるべき者及び代諾権者の意思が表示されていないので、かような点に問題が存することを否定し得ない。

しかし乍ら身分行為に必要とされる要式性は、該行為成立の確実性を担保し且つその旨を一般に公示することを目的とするものと解されるところ、嫡出子出生届には、少なくとも養親子関係を形成しようとする合意の為されたことが、養親のうちの一人からの届出によるとは云え、明確にされているということができるのみならず、親子関係の成立は、出生届によつても一応公示されるものということができる。そして当事者に真実の親子と同様の関係を創設する真摯な意思があり、且つその意思が対社会的に公示され、しかも実質的に親子に相応しい生活状態が相当期間継続し、実質的な縁組意思及び代諾意思が客観的にも動かし難いものと認められる程度に達している場合には、形式上の欠点の故に、かような実質的な親子関係を一挙に否定し去ることは相当でなく、この意味において、嫡出子出生届は、養親子関係設定の一方式としてこれを是認することが、実質的社会的に実在する親子関係を保護するというより大なる利益に奉仕する所以であると考えられる。

(五)  そして前記認定の事実によれば、亡恒村耕治及び被告さだには、同佳助との間に、かような真実の親子関係を設定する真摯な意思があり、且つそれに相応しい生活事実が存在したものと云い得るし、しかも佳助の縁組代諾権者たる矢野とよが、矢野正市夫婦により無権限で為された縁組を追認しているのであるから、亡耕治及び被告さだと同佳助との間の養子縁組は、民法一一六条の趣旨を類推し、耕治が為した出生届の当時に遡つてその効力を生じたものと云うべきである。

四  そうすると、亡恒村耕治、被告さだと同恒村佳助との間には有効な養子縁組が成立しており、その間に法定親子関係が存在すること明らかである。

五  真正な公文書と推定される甲第四号証によれば、原告は亡恒村耕治の兄であることが認められるところ、かような密接な親族関係にあり且つ亡耕治に対する相続権の帰すうにつき近親者として重大な利害関係を有する者と云えるから、原告は本件親子関係不存在確認の訴の利益を有する者として原告適格ありと云うことができる。

六  しかし乍ら、前説示のとおり、亡耕治及び被告さだと同佳助との間に養親子関係の成立が認められるから、原告より被告等に対し、右親子関係の不存在確認を求める本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西高秀)

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